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大阪の「この地の神」とは~

大阪の「この地の神」とは~

先日宿泊することになった所を調べてみました。


やはり、その一帯は行く必要があったようです。

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近くに茶臼山古墳(ちゃうすやまこふん)があるそうで、前方後円墳で大阪府指定史跡に指定されているそうです。
古墳自体は5世紀にこの地の豪族のために作られた墓といわれ、大阪市内でも最大級の前方後円墳だが被葬者は不明であると。

古来荒陵、または荒陵山と呼ばれてきた同地は古墳と伝承され、ここから発掘されたとされる石棺蓋が四天王寺に伝わっている。
古地図の形状からも追認され、そのため従来前方後円墳といわれてきた、と。

一方、四天王寺境内の発掘調査で埴輪などが出土しており、茶臼山古墳を含めさらなる周囲の発掘の進展が望まれる状況にある。
2009年の発掘調査で水銀朱を塗られた石室らしきものが発掘されたことが発表されている。詳しい発掘結果の公表が待たれる。

そのようなところでした。


そして、知らなかったので伺えなかったのがとても残念ですが、それは今度伺うつもりです。
それは・・・・・
生島大神〜生きとし生けるもの万物に生命力を与える神。
足島大神〜生きとし生けるもの万物を満ち足らしめる神。

二柱の大神は、大八洲国すなわち日本列島の御魂として奉祀され、
万物を生み育ち国中を満ち足らしめ給う日本国土の守護神である。


今まさにメディスンホイールを各地に作ることと一致しているではないですか!
なんて素晴らしいのでしょう。


お祀りされているのが、宿泊先から少し先にある、生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)。
難波大社(なにわのおおやしろ)ともいう。
地元では生玉(いくたま)さんの通称で親しまれている。

生島(いくしま)大神・足島(たるしま)大神を主祭神とし、相殿に大物主大神を祀る。
主祭神二神は宮中でも生島巫(いくしまのみかんなぎ)によって祀られ、歴代の天皇即位の際には国家の祭祀として
二神を祀る八十島(やそしま)祭が行われた。

伝承によれば、神武東征の際に、神武天皇が難波碕(現在の上町台地)の先端に
日本列島そのものの神である生島大神・足島大神を祀り、国家安泰を祈願したことに始まるという。

神武東征に際し天皇みずから石山碕(現在の大阪城を含む一帯)に日本国土の御神霊、
すなわち八十島神である生島大神・足島大神を祀られ、国土平安を祈請された事に始まる大阪最古にして日本総鎮守の神社。
八十島祭に代表される宮中祭祀の神社として、延喜の御代には難波大社とも尊称された。
天正13年(1585年)豊臣秀吉の大坂城築城により、現在地に遷座。爾来、本殿は幣殿とひとつの屋根で葺きおろし、
その上に3つの破風を据えた他に類例のない「生國魂造」という建築様式を継承し、桃山時代の威風を現代に伝える。


という・・・・・・そのような大変意味のある、ところでした。

いや~驚きましたね。

この地のことに気づくように、デンジャラスな所へお導き下さったのですね。
普通のところに泊まれていたら、きっと気づかなかったでしょう。

お導きとは・・・・・なんと、凄い!なんて素晴らしいのでしょうか。

日本中の「この地の神」様が、そこの地を整地していけることを、
生島大神様と足島大神様が願っておられることなんですね。

メディスンホイールを設置していくことを望んでおられるのですね・・・・拝。



そしてもう一つ、長野に「生島足島神社」があり、諏訪神さまと深く繋る神様でもありました。

これはもう・・・・・どちらにもご挨拶にお伺いするしかないですね。

と考えているその時・・・・・長野県白馬の方で地震が・・・・・

無難とは願いませんが、大難が小難にとどまる事を願いますm(__)m
なぜ無難ではないかというと、自然の動きを変えることは、その災難が違うところに向かうから。
溜まりすぎると、それは何倍にもなって吹き出してしまいます。

バタフライ エフェクトですね。


今日の新月に~愛の糸を放ちました。
日本列島から~地球が、マゼンタの光りに変わっていきました~(^^♪


どなたかも放って下さったようですね~糸が幾つか交差していましたよ。


ありがとうございます~愛と感謝を込めて~ミタクエオヤシン

by mamashiningmoon | 2014-11-23 01:29 | Comments(0)