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機会があると話していることのひとつです。


タバコについて。

世界的に禁煙に向かっていますが、嫌いな方は嬉しいことですね。

喫煙者にとっては、大変なことになっていますね。

何といっても、吸う本人よりも周囲の人に被害を及ぼす、ということに心が痛むわけです。

一番弱いところを突いているわけです。


でも、何かおかしいと感じませんか?

世界的、ですよ。

それも、一気に・・・・

ちょうど同じ時期にもう一つ、地デジ化。

なぜ、世界的に団結できたのか?

何か、変だと感じませんか?


いぶり出す・・・・・煙で追い払うことです。

よからぬ者にとっては、「煙」はけむいのです。

あらゆる煙が、この世から消えだしています。

例えば、お線香。

匂いと煙が嫌いだとか、近所から苦情が来るとか、それで「煙が出ないお線香」や
「無臭のお線香」、お線香の形をした「電子線香」などが出ています。

お線香に香りがあり煙が出るのには、意味があります。

亡くなった方が良い香りに包まれ、煙に浄化されるという。
魔のものが寄り付かないように、という。

そう、煙には「浄化」作用があります。

香りもそうです。

良き存在の時は、とても芳しい~いい香りがしますが、
よからぬものが放つのは、腐った濁った異臭ですからすぐわかります。

だから、お仏壇では大切な方のために闇を照らす光り、ロウソクに火を灯し、
いい香りのお線香に火をつけて、煙を出して守っていただくのです。

お寺に行くと、最初にお線香の煙をみなさんが自分にかけていますね。
あれは、頭が良くなりますように、と言っていますが、本来は、
身体中にかけて清めるための煙なのです。

インディアンの使うスマッジングのセイジの煙と同じです。
身を清める行為です。

インディアンでは、グレートスピリット(大霊)に「タバコ」を捧げます。
感謝の意です。

インディアンにとって、タバコと煙は「聖なるもの」です。

数人が集まり大切な話や儀式の時、タバコをまわす「パイプセレモニー」というものがあります。
パイプ自体に意味があり、部分部分にそれぞれ意味があります。

大地と天、女と男、陰と陽などが結びつく仕組みになっています。

この儀式をされては困る者たちがいるようです。

インディアンのセレモニーには「欲」が存在せず、「全てのため」に祈るから。

「欲」が介在すれば、潰せるのでしょうが、欲のないところに魔は入れません。

魔の者たちにしてみれば、何としてもこのセレモニーは潰したいもの。
しかし、「煙」のおかげで近づくこともできないのです。

ジワジワと、周囲から攻めて、狭めていく計画。
タバコがなくなれば、魔の者は恐れる「煙」がないのですから、どこにでも自由に入り込めるのです。

そして一番恐れるインディアンのパイプセレモニーをできなくするのです。

世界的にあちこちから煙が消えて、動きやすくなり喜ぶのは「魔の者」
世界を牛耳る、頂点にいる者です。

どこの街を歩いても、煙がなくなれば、こんなに動きやすいことはありませんね。

そして、地デジで世界は洗脳されているから、邪魔なものはいなくなる・・・・・
知らず知らずに、洗脳されてしまっている。


何がって・・・・なぜ、世界中なのですか。

世界中で団結できるのなら、まず、戦争をなくせばいい。
原発という、放射能を撒き散らすものをなくせばいい。

世界がひとつになれるのが証明されたようなものでしょ。
ならば、もっと優先すべきことではないでしょうか。


そして、一人一人の意識がそこへ向かうことが大事なのに、
何の疑いもなく「タバコ」に目を向けてしまって、放射能は消えてなくなったのですか?

今、向けるべきは・・・・目に見えない、臭わない、「放射能」ではないでしょうか。

日本中に放射能は撒き散らされていますよ、終わってなどいませんよ!


こんなことを書いてしまうと、どこぞから目をつけられるかもしれませんが、
あるいは大げさではなく、消される可能性もあるくらい重要なことなのです。


一般ピープルが、タバコタバコと騒いでいるうちに、世界は乗っ取られていくのです。

信頼は大事です、が、疑問を持つことはもっと大事です。

何故?なぜ?なぜ?
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by mamashiningmoon | 2014-08-08 00:32 | Comments(0)