ダン・ジョージの言葉

ダン・ジョージの言葉

すべてのものに~


祈りをあげる時、わたしはずべての生きもののために祈る。


「ありがとう」をいうとき、


わたしはすべてのものに「ありがとう」をいう。




サリッシュ族 チーフ
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by mamashiningmoon | 2012-07-03 21:53 | アメリカインディアンのお話し | Comments(0)

ディヤニ・ユアホーの言葉

ディヤニ・ユワホーの言葉

大地の上を歩くもの、水の中を泳ぐもの、

空を飛ぶもの、大地を這っていくもの、

それらはみんな、繋がりあっている。


山も、川の流れも、谷間も、

その何もかもが、あなたの考えている事と、

あなたの行っている事に、影響を受ける。


人間の内側で起こっている事と、

その人間の周囲で起こっている事は、

共にその人間の心の投影であり、

その人間が編んでいる夢をあらわしている。



チェロキー族のメディスンウーマン~
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by mamashiningmoon | 2012-07-03 21:50 | アメリカインディアンのお話し | Comments(0)

真のメディスンマン

真のメディスンマン

メディスンマンになりたくて、一人の若者が申し出た。

年老いたメディスンマンは、拒否もしなければOKとも言わなかった。

若者は年老いたメディスンマンの後をついて行く。


一緒に旅をして行けば、色々教えてもらえるだろうと期待した。

が、何も始まらない。


若者はしびれを切らし、何か教えて欲しい!

メディスンマンの修行をしたいんだ。


すると、年老いたメディスンマンは言った。


「もう始まっておるは」


・・・・・なにが始まってると言うのだ?

若者は気づかない。


「そなたにわからないだけのことよ」

「静かにしていなければ、聞こえはしないだろうよ」

・・・・・・と、メディスンマンが呟いた。



旅の途中、日照りが続き乾ききった大地に苦しむ村に入った。

村では「雨乞い」の儀式が行なわれている。


若者はメディスンマンの呪術に期待していた。

メディスンマンは、風を呼んだり雨を呼んだりする術を使う。


しかし・・・・・年老いたメディスンマンは何もしようとしなかった。


年老いたメディスンマンが言った。


私たちの意志でどこかに雨を降らせたならば、

他の場所に災いを引き起こす原因になるかもしれない。


南の地におだやかな天気をもたらせば、

それと気づかず、北の地に嵐と破壊を呼ぶことになりかねないのだ。

と、説く。


結局のところ、悟れば悟るほど・・・・何もしなくなってゆく。


大宇宙の均衛に身を任せるとき、

人はだんだん無為に近づく・・・・・


それこそが・・・・・悟り・・・・真のメディスンマン。


真のメディスンマンは、

「メディスンマン」である事を、ひけらかさない・・・・
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by mamashiningmoon | 2012-07-03 21:48 | アメリカインディアンのお話し | Comments(0)

酋長シアトルの話し

アメリカインディアンのこころ


空が金で買えるだろうか? 

と、酋長シアトルは話し始めた。


雨や風をひとりじめできるだろうか?


母は、わたしにこんな話しをした。

この大地にあるものはみな、わたしたちにとって神聖です。

松の葉。砂浜。暗い森にたちこめる霧。

草地も、羽音をたてて飛んでいる虫たちも。

みんな、わたしたち一族の思い出の中に、

神聖なものとしてあるのですよ。


父は、わたしにこういって聞かせた。

わたしは知っているよ、木々の幹を流れる樹液のことを、

血管を流れる自分の血のことを知っているようにな。

わたしらは大地の一部だし、大地はわたしらの一部なのだ。

いいにおいのするあの花たちは、わたしらの姉妹だ。

クマ、シカ、大ワシ、あれたちはわたしらの兄弟だよ。

岩山の峰、草原、

ポニー・・・・みんな、同じ家族なのだ。



遠い祖先たちの声は、わたしたちにこう語った。

小川や大川をきらめき流れていく水は、ただの水ではない、

おまえの祖父のまた祖父たちの血でもある。

すきとおった湖水のなかのおぼろな面影は、

わが一族のいのちの営みの記憶をものがたる。

せせらぎの音は、おまえの祖母のまた祖母たちの声よ。

川はわれらの兄弟。川はわれらのかわきをいやす。

川はわれらのカヌーを運び、またわれらの子らを養う。

おまえも川にやさしくあれよ。

兄弟たちにやさしくあるのと同じように。



亡き祖父の声は、こう語った。

大気は尊い。大気はすべてのいのちを支え、魂を与えてくれる。

わたしたちに誕生のいぶきをおくってくれた風は、

臨終のときもまた、受け取ってくれるのだ。

この大地と大気を、いつまでも神聖なものとして守るように、

草原の花々のかおりに満たされた風を、だれもが、

心ゆくまで味わいにいける場所として。

最後の肌赤き人たちが、荒野とともに消え、

われらの思い出が、草原をよぎる雲の影にすぎなくなったとき、

浜辺や森が、それでもここにあるだろうか?

わが一族の魂が、わずかでも残っているだろうか?

祖先たちは、わたしにこう告げた。

われらは知っている、大地はわれらのものでなく、

われらが大地のものであることを。



亡き祖母の声は、こう語った。

おまえが教わってきたことを、おまえらの子らに教えなさい。

大地はわたしたちの母である事を。

大地にふりかかることはみな、大地の息子とむすめにも、

ふりかかるのだということを。




聞いていただきたい、わたしの声を、わたしの祖先たちの声を、

と、酋長シアトルはいった。


あなたがた白人の宿命は、わたしたちには測りがたい。

何が起きるだろうか、バッファローが殺しつくされたときに?

野生のウマがみな、飼いならされてしまった時に、

何が起きるだろうか、森の秘密のすみずみまで、

人間のにおいで満たされてしまった時に?

豊かな丘のながめが、電話線で汚されてしまった時に?

しげみはどこに? 消えてしまった。

ワシはどこに? 飛び去ってしまった!

何が起きるだろうか、わたしたちが速足のポニーと狩りとに、

最後の別れを告げる時に?

それはいのちの終わりであり、そして生き残りの戦いの始まりなのだ。


わたしたちは知っている。

血が人をつなぐように、すべての存在は網のように結ばれあっていることを。

人は、このいのちの網を織りだすことはできない。

人はわずかに網のなかの一本の糸、だから。

いのちの網に対するどんな行為も、自分自身に対する行為となることを。


わたしたちは、この地を愛している。

生まれたばかりの赤ん坊が母の鼓動を愛するように。

わたしたちの土地を買い取られるならば、

わたしたちと同じに、この地を大切になされよ。

この地の秘める思い出を、心にとどめおかれよ。

この地を受け取られたならば。

あなたがたの子供のまた子供たちのために、

大地や大気や川を、いつくしみ守られるように、

そしてわたしたちが愛してきたと同じに、

この地を愛されるように。



白人に限らず、いま・・・・・

・・・・・・・すべての民にあてはまる言葉ですね。


母なる地球は、「みずから、再生」しようとしています。

そこまでわれらは、追い込んでしまっていることに、

謝罪のこころ、感謝のこころ、

本気で示すときでしょう・・・・・
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by mamashiningmoon | 2012-07-03 21:46 | アメリカインディアンのお話し | Comments(0)

カチナという精霊

カチナという精霊

私がまだ、祖先の声に気づくずっと前のこと。

知り合いのお店に、2~3体の「カチナ」が飾られていた。

この人形は、なに?

「インディアンの精霊です」
・・・・・・・・・

なんとも、不気味に感じた。

早く店を出たいとおもった。

それから10年後くらいにまた、そのお店に行くと、
なんと、カチナは数十体になっていた。

ん、ん、ん・・・・・・いいのだろうか?

そう感じた瞬間、
目の端っこの方で・・・・カチナが動いた・・・・みたい?

そうおもった途端、閉店後の人がいなくなった店内から、
カチナたちが好き勝手に行き来している光景が・・・・・見えた。

ぞくっ・・・・・・

やっぱりね。

カチナは「精霊」でしょ、こんなところまで連れて来ちゃって。

しかも、売り買いされちゃって。

いいわけないよね。

その後はご存知のように、インディアンショップには普通に並べられている。

最近のカチナは、お土産仕様?に作られているのだろう。

昔は、外に出す(売る)ものではなく、その部族の精霊として作られていたから、
何かの事情で連れてこられた精霊たちだったのだろう。

ドリームキャッチャーも、すごい事があったが、それはまた書きましょ。

おもう以上に、インディアンの精霊たちは凄いパワーがあるのですよ。


カチーナ(カチナ)信仰はホピ族から始まったといわれています。

アメリカインディアンはカチーナの事を
『神の世界と現実の世界との取り持つ精霊』と考えています。

彼らにとってカチーナは神ではなく人でもないのです。

また彼らは、カチーナが自然世界に影響を及ぼすことができる超自然の力を持っていて、
精神的な物ではなく実態があると信じられています。

儀式では伝統的な衣装をつけて踊ります。

これにより精神がカチーナに近づき、その力にふれる事ができるからです。

男たちはカチーナを人形を作り、女性や子供に与えて、
カチーナ人形は家族を守る神として崇められます。
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by mamashiningmoon | 2012-07-03 21:39 | アメリカインディアンのお話し | Comments(0)

インディアンの世界と日本

天国と地獄~インディアンの世界と日本

ある部族の伝統の考えでは、霊魂は誕生したその瞬間にその体に入る。

そこで良い霊魂が体に入ってくれるよう偉大なる神秘に、儀式を催して祈るのである。

ひとが死ぬとその霊魂は銀河に行って、それを南に向かう。

その南の終りに年老いた女性が座っていて、あなたの地上の生活を審判する。

あなたが赤い道(正しい生き方)を歩き、またひとびとに寛大で、他を助け、
すべてのものと調和のなかに生きたのであったならば、その老いた女性はあなたに、
長い方の道、つまり宇宙の中央にいたる左の道を取ることを許す。

もし、あなたが黒い道を歩み、どん欲で自己中心的であったなら、
彼女は右の道を示し、あなたを突き落とす。

そこであなたの霊魂はふたたび地上に落ち、新しい肉体に宿ってこの世に誕生するのである。

それはあなたがふたたびすべてのものと調和に生きるため、
新しい機会を与えられたということなのである。

もしひとが非常に若いうちに、そのような機会もなく死んだ場合は、長老が選ばれ、
その霊魂を一年間守護する。

この間その長老はその若い魂が銀河の左の道を行き、
進化の旅を完成して、宇宙の中心に帰ることが出来るよう毎日祈るのである。

「我らみな同胞・インディアンの深層世界」から~

日本にも同じような言い伝えがありますね。

今はもう、語られなくなったといったほうがいいかもしれません。

三途の河原に、そこの番をするオバアサンがいて、それは恐ろしい形相で、
やってきた者(死者)たちを審判する。

この世でどんな生き方をしてきたか、そのオバアサンの手に持つ書物には、
ひとりひとりの一生の行いがすべて、書かれてあるという。

だから、そのオバアサンの前でどんなに上手いことつくろってもダメ!

そのオバアサンは「閻魔大王様」にお使えしているのだから、
袖の下なんか、通らないのだ。
さて、この世で人を苦しめたり困らせたり、殺人なんぞした者は、
即刻「地獄」へ落とされる。

地獄へ落とされた者たちは、いつまでも死ねなくて恐ろしい目にあわされ続ける。
息をつく暇も、瞬きする暇も与えられず、喉は乾き、お腹はすき、
しかし、お腹は膨らんで・・・・・・

聞いているだけで恐ろしくなるお話ですが、
昔の子供たちはこんなお話を聞かされて、
「悪いことをしたら閻魔様のところへ連れて行かれるぞ!」

そう言われて育ったのです。

たしかに「地獄絵」というものを見ると、恐ろしいものです。

地獄へ落ちた者たちは「餓鬼」となり、いつもお腹を空かせている。
身内を供養するとき、その「餓鬼」たちにも振舞うことで、
身内が少しでも楽になれる、と仏教では言います。

自分の先祖の供養をするとき、「餓鬼」達のことも思い出して、
どうぞ、みなさんで召し上がってください~と、お伝えするといいですね。

その反対に良いことをした人や、行いを正した人は「天国」へ行ける、
という。

その天国が、インディアンのお話でいう、
銀河の左の道を行く「宇宙の中心」なのでしょうね。
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by mamashiningmoon | 2012-07-03 21:36 | アメリカインディアンのお話し | Comments(0)

シャーマンの環

私たちインディアンでない者たちのほとんどは季節の魔術、
大地の精妙なリズム、自然界の日毎の恵みに触れない。

春、鳥が巣を作り、木々が芽吹き、川が生命で膨れ上がる。
だが、私たちはほとんど目を止めない。

こうしたことに注意を払うには忙しすぎるのだ。
だが、わたしたちは注意を払わなければならない。

なぜなら、わたしたちは自然に、そして互いに、
しっかりと結びついているから。

儀式を再発見し、それによって自分を再発見しなければならない。
自然との絆を日々強めることが必要だ。

わたしたちの中で昇る太陽を出迎え、
沈む太陽に別れを告げる者は少ない。

月に吠えるものは多くない。
雨雲に、育ちつつあるトウモロコシに、死の霊に歌いかけない。

私たちは自分のルーツから離れて漂い、憂鬱が蔓延している。

今こそ私たちは、聖なる中心と繋がりをもう一度確認し、

ひとりひとりに意味のある儀式を作り出さなければならない。

(ナンシー・ウッド)著
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by mamashiningmoon | 2012-07-03 21:33 | アメリカインディアンのお話し | Comments(0)

ワタリガラスの神話

ワタリガラスの神話

北米先住民のに伝わるカラスは、創世に関わるものが複数あり、
代表的なものとしては、「ワタリガラスが森を作り、人を始めとした生き物が住み着いたが、
あるときに寒波が襲い、生き物は死に絶えそうになった。

その時、ワタリガラスは、ワシ(タカといわれるものもある)に、
太陽まで飛んで行ってそのかけらを持ち帰ってほしいと頼んだ。

ワシは承諾し、身を焦がしながらも火を持ち帰り、大地の様々な所に火を灯した。
それが、生きとし生けるものの魂となった」というものがある。

また、人々が暗闇の中で何も持たず暮らしているのを不憫(ふびん)に思ったワタリガラスが、
二枚貝の暗闇の中から誘い出すお話しや、
神が隠した太陽を神の娘の子供としてカラス自身が娘に受胎し、神の孫となって神に頼んで太陽を開放し、
世界に光りを与えるお話し。

また、天上界(空の家という表現)へ変装して忍び込み星と月と日を盗み出し、人々に開放するといった
お話などがある。

「人々に暮らしや家を与える、作り方などを教える」といった創世の神話になっている。

また、ワタリガラス(レイブン)は、「トリックスター」でもあります。
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by mamashiningmoon | 2012-07-03 21:17 | アメリカインディアンのお話し | Comments(3)

 stone(石)は「ストーン・ピープル」

stone(石)は「ストーン・ピープル」といわれ、
母なる地球の胎内から最初に生まれた子供。
   
この大地の上で何が起こってきたのかを、全て見てきた人々なのです。
   
(インディアンでは、すべての存在を「人々」といい、敬います)
   
インディアンでは「グランド・ファザー」と呼ばれ、何億年も蓄えてきた知恵と力、
   
または、母なる大地の象徴で生命の源であり、生命を生み出す力そのものも表しています。

ママ シャイニングムーンが「石」を使うのは、
   
1997年「道端の小石を使いなさい」と啓示があったからです。
   
聖なる輪(メディスン・ホイール)の「輪」の中に、石が集まり、その石に精霊が宿ります。
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by mamashiningmoon | 2012-07-03 17:37 | アメリカインディアンのお話し | Comments(0)

4と7の数

4と7の数

地球に生きる人たちのさまざまな部族においては、
ある特定の「数」が儀式などにおいて重要な役割りがある。

ネイティブ・アメリカンの人たちにとっての「4」と「7」の意味は、
「4」はなによりもまず自分たちを支配している四つの大きな力、
大地と火と水と風の力であり、東と西と南と北の四つの方角を意味している。

これら東西南北の方角は、それぞれ限定された色で区別されている。

数字の「7」は一族を構成する七つの氏族をあらわし、
この七つの氏族もまたそれぞれが世界の方角と関連づけられている。

世界には方角が東西南北の四つだけではなく、
東西南北以外にさらに三つ、上(上の世界)と下(下の世界)と
中心(私たちのいるところ・内なるところ)がある。

だから世界に方角は七つあるという。

数字の「7」は、神聖さもしくは純粋性において到達しうる最高のレベルを表している。

言い換えれば、その段階まではなかなかいくことができないということである。
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by mamashiningmoon | 2012-07-01 17:21 | アメリカインディアンのお話し | Comments(0)